2011年12月 6日 (火)

継続はチカラなり

いやあ、もう8月からこっち、

どんだけいろいろあったと思ってるのさ〜

なんて言いたいくらい、いろいろあったけど、

今更ジロー左衛門(意味わかる?)なので、

全部カーット!!ってことで・・・

んで、今日は久しぶりの歌劇鑑賞。

星組の『オーシャンズ11』さ。

ノバボサに続いて星組づいている私だけど、

今回はなんか3時間の公演が5時間ぐらいに感じた。

それぐらいたーっぷりな見ごたえに感服。

配役もドンピシャだし、歌も踊りも演技も、まるで危なげない。

安心して楽しめたわん。

映画は観ていないから比較することもなし。

しかし宝塚歌劇って、毎月毎月ノンストップでよくもまあ

クオリティ高い演目を次々と繰り出してくるねえ。

と思ったけど、それは逆。

毎月ノンストップだからクオリティが高くなるんだろう。

無理しないでゆっくり自分のペースで、なんて

決していいものは生まれない。

追い込んで走り続けなければ、レベルアップはおろか、

現状維持さえ難しい。

「いいものを創る」という使命ただ一点に向かって、

ひた走る彼女らの努力に敬服します。

見習いたいね。

こんな私も「あっちこっちで歌ってすごいね」とよく言われるけど、

その分分散して、あまり練習できていないなあと

反省しきりな日々。

中途半端はよくないから、来年はどこかに焦点をしぼって

あまり欲張らずに、ゆっくりやりたいと思ってはみたもんの、

そうしたってやっぱり中途半端になりそう。

時間があればやるってタイプでもなく・・・。

ということは、やっぱりあっちこっちで歌い続けるしかないみたい。

大事なことは「続ける」ってことなのでしょう。

いつまで続けられるかわからないからこそ、

一瞬一瞬を大切にしたい。

とりあえず明日午前から夜までみっちりある

2つの練習頑張ります。

おやすみ〜

2011年8月 6日 (土)

雨降って地かたまる

いつもながらやってくる誕生日。

もう嬉しくもありゃしない。とりあえず45歳から年取るのはストップしているし(笑)。と言ってから〇年たったし(爆)

今年のその日は夫は赴任先からちょっと帰ってすぐ東京へ、

娘はボストンでのんきにホームステイ中。

ということで、私は午前中歌劇を一人で観て午後にちょっと仕事して、

夜はぼんやりと過ごした。

月組公演『アルジェの男』。

なかなか評判がよろしいようで、チンピラから女を踏み台にのし上がっていくきりやんにしては珍しいダーティーな役柄に期待も高まった・・・。

けど、そこにいるのはやっぱりいつものきりやん。

お決まりのセリフ回しが、ちっともチンピラに見えないし、そのライバル役の龍真咲も必死で低い声に仕立てようとするあまり、迫力不足。主人公の苦悩が中途半端すぎて、ええ、それで終わり?という結末にただただびっくり。

けがして部分休演という蒼乃夕妃の踊りが出色という以外、ドラマとしてのカタルシスがない作品だった。

これは脚本のせいというより、主人公の見せ方の問題じゃないかしらん。歌は5組のトップで絶対的に上手いし、惚れ惚れとするんだけどねえ。なんだろう、何やっても金太郎あめみたいな感じは・・・横顔にくっきり浮かぶほうれい線も野心を燃やして突き進んでいる若者というよりろうたけたおじさま風。『ミーマイ』のジョン卿もびっくりの加齢感があった。

ダンスもキレがあって素晴らしいのに、きりりとステップを踏むその足がもうちょい長ければと悔やまれる・・・嗚呼好きなのに・・・かえすがえすも残念ですっ(涙)

あとは組長・副組長のうまさに持っていかれたねえ。でもなんでかなあ、最近の月組さんはどうも「学芸会」に見えてしまうのだよ。青臭いっちゅうのか・・・まったく酷いことを言っていますが。

声が通らなくて歌がいまさんの凰稀かなめでさえ、舞台映えする美しさ、ニヒルな演技力で私の評価もピューと上がったっちゅうのに・・・。

真面目でひたすら芸に厳しく精進しているきりやんだけに、もうひと皮むけてほしい。それにはトップであることがむしろ足枷になっているのかもとさえ思う。もっと自由にやればいいのにと・・・。いやあ、ショーのカジモドは良かった。あの短い時間の中でドラマを感じさせてくれた。あれができるのに、なんで劇の中ではあんなに硬直しているんだろうなあ、惜しいなあ。

とかなんとか勝手なことを思いつつ次の夜は地元の花火大会を一人で鑑賞・・・我が家のベランダ越しにまあまあよく見えるので、わざわざ人ごみの中には出ず、家でのんびりを決め込んだ。

そこへ1通のメールが・・・

昔一緒にバンドをやっていたおっちゃん仲間の一人、Oさんからだった。毎年律儀に誕生日お祝いメールをくれる奇特な方でもある。

私が抜けて休止状態だったのを最近復活。メンバーと飲んでいるらしい。電話くださいというのでかけてみた。こちとら淋しく一人の夜だもの。居酒屋のざわめきの中、しばしおっちゃんたちと談笑。関東に引っ越していたYさんは逆単身赴任で大阪へ。もう何年ぶりかでお話しした。

「やっぱり、ええ声やなあ」といきなりのすんごい褒め言葉。まあ、狭いスタジオでマイク通しの超趣味なアマチュアバンドではそこそこやれても、合唱の世界では苦労してまんねん。

そのアマチュアバンドの世界でも確実に高齢化の波が来ているらしい。貸しスタジオを占拠しているのはほとんどオヤジバンド、おばちゃん連中らしいのだ。合唱も年齢層が高いし、近頃行きだしたスポーツジムも想像を絶するジジババパワーがさく裂している昨今。無理もない・・・。

「若者はどこへ行ったんや」と嘆くOさん。おうちでは父の威厳もなく、復帰したドラムでは足がつって大変だとか(笑)

そうして話している間に雨が降ってきた。あららと思う間もなく花火もいつしか終了。浴衣姿でちゃらちゃら歩いていた若者たち(いた~っ若者)は雨に濡れなかっただろうか・・・。

あの頃は楽しかったけど、結局はバンドじゃなくて合唱を選んだ私。そして今の私。楽しいことばかりじゃない合唱だけど、深みにはまった今はもう少し前に進みたいと思う。

そんなこんなで今日。夜が明けたら一路東京、そして東北・宮城へ。2日目の花火は見られないけど、ある意味1日で堪能できた。

ファニーガールの歌じゃないけど、こっちもこれから行く東日本もどうか雨は降らないで~♪

2011年8月 1日 (月)

歌に関する再発見

今日は、声楽家4人による合唱曲をプログラムに集めた演奏会に出かけた。

SATBが一人ずつのミニマム混声合唱団だ。

どなたも専門家であり、小中高と合唱を経験しているプロフェッショナル。

演奏予定の曲もどれも生で聴いてみたいと楽しみに出かけていった。

ホールには一抹の不安があったのだけれど・・・、

その不安が的中したのか、なんか1曲目から声が飛んでこない。

耳馴染みのある曲だけに、合唱曲としてツボになるメロディが

浮かび上がってこないのだ。

小さなホールなのに、体育館で聴いているように声が散り、

はなはだ頼りない。

マイクがほしい・・・と思ったくらいだ。

その印象が残念ながら最後まで続いた。

アンコールの「大地讃頌」を聴いてお腹いっぱいになり、

まだまだ続きそうなアンコールの拍手の中、一人席を立った。

1つには、声質の問題。何度もアンサンブルなさっているはずのメンバーだろうに、ソプラノは金属的、アルトはまろやかな声、テノールは鼻先でとんがった感じ、バスは何故かテノールチックで重低音が響かないばかりか、上ずってさえいる。皆さん、今日は調子いまいち?と聞いてみたい気もした。

そして、1人ずつのピッチが微妙に違う。

さらに、ピアノ伴奏との呼吸がいまいちで、音の立ち上がりが不明瞭。

指揮者がいない分、だれかが合図なりアイコンタクトなり必要じゃないだろうか・・・。

そして、悟った。合唱曲に4人は無理!!だということを。

そもそも、合唱曲は複数人で歌うことを前提としてつくられている。

1つのパートに最低でも2人の声があれば、一人ひとりの粗は意外とかき消されるものなのだ。たとえ素人の合唱団でさえ。

もちろんある意味素晴らしい演奏でもあった。でも、ハーモニーとしての魅力は薄かった、残念ながら・・・。

合唱曲は和音が響いてなんぼ。その意味では4人で合唱曲はそもそも趣旨に無理があったのかもしれない。

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夜、TVの『EXILE魂』を観た。

ゲストは久保田利伸。嗚呼、そういえば昔、ファンクラブに入っていたなあ。彼もそろそろ50の声を聴く年頃じゃん。そのわりにはアフロヘアがふさふさ(笑)さすがに若いっ。

と思いつつ、ASTUSHIが汗と涙でオーディションを受けまくっていた頃の話をして、想い出の久保田利伸ナンバーを披露した。

うん、確かに上手い!昔は苦手だったというファルセットをここまで歌いこなせる人もそうそういないと思わせる珠玉の出来だった。

でも、久保田オリジナルじゃ、そこは楽々地声でクリアしてたよねっていうことも露呈した。

そのあと、久保田利伸が『ti amo』を初カヴァーしてみせた。これがまた完全に自分のものにした歌唱力。

嗚呼、私ってつくづく、本当に上手い人しか好きになれないんだなあと思った。ASTUSHIですら、イマイチぞっこんになれないのは、あのちょっと逃げ腰のファルセットのせいなのかもしれない。

それほど、久保田利伸は圧巻。あれは天性のグルーブ感のなせる業。逆にファルセットは案外苦手なんだと思った。

いい感じに大人になったなあ、久保田。新しいアルバム、久々買ってみたくなったし、ライブも行ってみたくなった。しかし、いきなり総立ちモードにはもうついていけないだろうなあ・・・。トホホ

2011年6月21日 (火)

七転八倒でもあり七転び八起でもあり

4月以降、心は千路に乱れ、泣いたり笑ったり、大変だった。

震災と無関係ではないと思うけれど、

大元は自分の立ち位置の問題。

おとといまでに、それらの元が一応の決着をみた。

終わってみれば万々歳。

コンクールでは全国大会行きの県代表に選ばれ、

翌日の、客の入りと演奏の出来を心配した演奏会は予想外の盛況。

演奏も思いのほか良かったという感触。

そして先週末3日連続で歌ったマーラー3番の女声合唱。

満員のお客さんが固唾を飲んで耳を傾け、

終わるや否や万雷の拍手。

何度も繰り返されたカーテンコールののち、

オケもいなくなり、あとは退場を待つだけの合唱団にも拍手を

送り続けてくださったお客さんたち。

まったく、

こんなこと、人生に何度もあるわけじゃないよね、な日々だった。

すべからく自分が「歌う」ことの意味を問い直した日々。

自分自身の満足を得るだけでは満足できず、

飛び出したり、飛び込んだりして、ここまで来た。

ほぼ6年間でたどり着いた道のりだった。

人との出会い、別れに、傷つけたり傷ついたり・・・。

何回もがいて苦しんでこけたことか・・・。

でも、わかったことはただ一つ。

「歌う」ことはやっぱり好きなんだな。

歌うことは祈ることに似ている。

思いを込めるということ。

だから、被災地の避難所になっている体育館で

ボランティアとしてだれかしからが歌う姿には

家を失い家族を失い希望さえ失いかけている人たちも

しばし心を慰められる。

太古の昔から、人間は喜びや悲しみを

詩や旋律に乗せてきた。

聴く人だけじゃない、歌う人も慰められる。

100年前のマーラーの音楽にどっぷりつかりながら、

偉大な音楽家の祈りに少しでも近づけたなら、こんな至福はない。

演奏会が終わり、ホール内の食堂で打ち上げしていた時、

舞台を片付けていく様子がモニターで映し出されていた。

本番で歌うためには、たくさんの練習はもちろん、

教えてくださる先生や演奏の場を提供してくださる主催者、

楽団や裏方さん、もちろんマエストロ。

すべての力が結集されなくてはいけない。

今回ほど、それを身に染みて感じたことはなかった。

どれか1つが欠けても成立しない。

私たちはほんのパーツだけれど、大事な役割も担っていて。

でも私たちだけでも成立しない。

そんな不思議な気持ち。

今はありがとう。しかないのです。

そして、これからも歩いていくしかないのです。

2011年3月14日 (月)

どうか、お願い

時として現実は、幻のように思える。

3月11日に東北・関東を襲ったあの大災害は、

本当に今の日本で起きていることなのだろうかと。

そしてその翌日、私は奈良で「レディースコーラスフェスティバル」に出演した。

和歌山の団には津波の影響で出演事態を余儀なくされたところもあったけれど、

出演した団はどこも歌えるありがたみを精一杯歌で表現していたように思う。

奈良に一泊し、日曜日は仲間達とならまち散策を楽しんだ。

明けて今日、そのどちらもが一体本当に起こったことなのか、

うまく整理ができない1日を過ごした。罪悪感とも言えない複雑な気持ち。

テレビで見る惨状。

どれほどの恐怖、痛み、苦しみを味あわれたことだろう。

どんな慰めの言葉もむなしいほどだ。

来週行く予定にしていた温泉も、母が「こんな時に気が進まない」と言い、

キャンセルも言いだしたが、その旅館は方向的にも何の影響もないわけで、

ここでキャンセルすれば、経済的打撃はどんどんと波及してしまう。

いったいどうすればいいのだろうかといらだった。

だいたい政治がちんたらちんたらつまらん事で時間を忙殺してきたから

こんなことになったんじゃないかdash

恐ろしくも悲しい天からのしっぺ返しにも思えた。

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そんな中、いつもは「つけっばなし」の娘がブレーカーまで勝手に落として

節電に励んでいる。私も協力した。

チェーンメールはよろしくないけど、節電を促す一定の効果はあったと思う。

そうだ、ここでただ嘆いている場合ではなく、行動することしか道は開けない。

母もキャンセルは思いとどまり、泊る部屋のグレードを落とすことで様子を見ることにした。

私も家にあるものを現地に送る手段を見つけた。

http://about.montbell.jp/release/disp.php?site_category_id=15&infomation_id=145

そして、家族を失い、家を失い、コミュニティを失いつつも、

すこぶる冷静に行動する日本人に対する称賛が

外国メディアを通じて送られていることを知った。あの中国でさえ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110313-00000037-mai-soci

http://www.asahi.com/international/update/0313/TKY201103130126.html

それを見た時、嬉しくて涙が出た。

報道を見ながらずっと泣きそうになっていたけれど、

本当に涙が出たのは正直、初めてだった。

諸外国の日本人への評価は昨今どんどん低くなっていた。

経済も落ち目、政治もダメ、モラルも低下。

ダメだよ、日本人は。みたいな気分が日本人自身にあった。

でも、そうじゃない。こんなに辛い時でも、助け合おうとしている。

それを見て、外国の人達も助けてくれようとしている。

ニュージーランドの地震の時、現地ではまず外国人を優先して救出しようという

動きがあったそうだ。

まず人を思いやる心。人間にはそれがある。日本人にだってあった。

そのことに誇りを持とうと思う。そして、この現実から逃げないで、

自分ができることからやっていこうと思うようになった。

合唱団の仲間がこう言った。

「恨んだり、怒ったり、そんなマイナスの気はよけいに悪い方向に行く。

みんながプラスの気を出していかないと」

どうか、お願い。

一人でも多くの命が救われて、その命に光が差す社会を取り戻せるように。

陳腐だけど言いたい。がんばろうニッポンfuji

我が家の小さな桜の木が、今日、花を咲かせた。

Sakura

2011年1月25日 (火)

モーツァルト

梅芸のスタッフに御親戚がいるという知人から誘われて、

ミュージカル『モーツァルト』を観劇。

実は先週娘と観たばかりで、キャストも主役は同じ山崎育三郎だったので、

井上芳雄を見逃した私としては、一瞬考えたけど、

育ちゃんも良かったし、香寿たつきは一度生歌を聞いてみたかったので、

それに何より、ご招待なので、ちゃっかりお相伴にあずかった。

先週はちょっと集中力に欠けていたので、

やや睡魔に襲われ、時々意識朦朧状態で見たせいか、いつの間にかシーンが飛んでいたけど(コラコラpunch

今回はばっちり最初から最後まで堪能。

改めてこの作品の素晴らしさに感動した。

もちろん井上ヴォルフガングも歌唱的には文句なしだろうけど、

ちょっとスマート過ぎる?

その点、育ちゃんは天才ゆえの無邪気さやお人よしな感じ、そして破天荒ぶりが

私のイメージ的には実在のモーツァルト像に近い気もする、

歌も高音のロングトーンで堅くなってしまうのが惜しいけど、

中音域の柔らかさはとても魅力的。

『僕こそ音楽』では涙がこぼれそうになった。

しかし、涼風真世もよかったけど、香寿たつきのヴォルトシュテンテン男爵夫人の

『星から降る金』の秀逸さには、観に来てよかった~と感激heart04

宝塚時代から好きなスターさんだったけど、その頃はちょっと悪い感じが魅力的で

低音で鳴らしていたように思う。それが高音も見事な響き。

涼風さんのちょっとこもった感じと違って、スカーっと抜けてくれる。

甲乙つけがたいけど、香寿たつきに軍配ありって感じだった。

その他の歌唱も素晴らしかった。

コンスタンツェの母親役の阿知波さんとか、シカネーダー役の吉野圭吾とか、

それよりも出づッパリに近いアマデ役の子役の見事な演技には恐れ入ったわあimpact

せりふや歌は一切なく、ただ表情と動きだけで存在感を出している。

これはさすがの名女優、芦田愛菜ちゃんにもそうそうできるまい(笑)

お話は天才の孤独、その周りの喜悲劇に満ちてちょっと悲しいんだけど、

音楽の良さに救いがある。モーツァルト自身の音楽はあまり使われていないけど、

オリジナルの音楽にところどころ混じって入ってくるのがまた心地よい。

育ちゃんとたつきさん、子役さんは今日が最終日。

いやあ、いいもの見せてもらいました。Sさん、ありがとうね。

2011年1月 6日 (木)

年末年始ラプソディ

今年は去年同様、芸文で年越し。

いまや飛ぶ鳥を落とす期待のマエストロ、下野竜也さんの指揮で

ベートーヴェンの『第九』とエルガーの『威風堂々』を歌った。

終わってお祝いムード満載の時に、某知事が

「今年は『六甲おろし』はないですか?」と納得いかない様子。

いや、だから、今回は純然たる演奏会形式でやっているんだって。

その辺はしっかりお打ち合わせしといてほしいもんですわwink

曲者の第九はどうしても歌えない1か所に苦しみ、

最後の最後でずいぶんましにはなったけど、本番ではやっぱり息をキープできなかった。

ただ、頑張り過ぎて無理してつっぱるよりは上手な方にお任せする方がいいはずだし・・・と自分に言い聞かせてみるsweat01

ともあれ、ソリストの横で歌えて幸せでしたheart02

終演後、家族と待ち合わせて門戸厄神にお参り。

夜中だというのに、興奮が残っているのか、妙にハイテンションpunch

屋台が並ぶ人ごみを抜けてお参りを敢行。

空腹を覚えたので、数ある屋台から列をなしていたたこ焼きを買ったのはいいけど、これが大ハズレangry

プラスチックを溶かしたような奇天烈な味だった。

門戸厄神に行く方、たこ焼き屋さんには気をつけてね~ban

元旦はゆっくり起きて我が家で簡単なお祝いをし、実家へ。

義父が亡くなり、実家詣でも1カ所になった。うちも母が一人だけ。

2日目は3姉妹の家族が集まるから、にぎやかではあったけど・・・。

そのうち「実家」というものもなくなり、自分の家が娘の「実家」になる時もそう遠くはないのだろう。

さて、3日は家族で梅田に繰り出し、宝塚月組公演『STUDIO54』を観劇。

きりやん、相変わらず、力いっぱいで、歌は言うことないんだけど、

もう少し、なんというか、「背中が泣いてる」的な陰もほしいんだなあ。

特にトップになってから、なおその傾向が強くなっていて、

立ち居振る舞いを含めて、やや一本調子感が否めないcoldsweats01

いわゆる桂枝雀さんがよく言ってはった<緊張と緩和>

緩んだ部分がないと、いざというカッコよさが弱くなってしまうよ。

他の人が結構ユーモラスないい味出しているだけに、残念な気がした。

この日はホテル阪急インターナショナルに宿泊。

といっても食事なしで1泊7000円というトリプル貧乏コース(その代わりパンやケーキ3000円分のチケット付きじゃあ)。

部屋からの眺めはよかったし、バスルームも広々してたけど、

バスローブに破れが数か所。ますます貧乏感が漂うし~weep

同じ貧乏コースでも、夏に泊ったリッツ・カールトンのバスローブはめっちゃ分厚かったことを思い出す。

(窓際のトリプルベッドは寒いというので、結局娘と一緒に寝たsleepy

さて、荷物を置いて、日本一大きな「丸善・ジュンク堂」書店詣で。

何が何やら、とにかく人が多くてどっと疲れたけど、

語学のフロアで「英語」「ドイツ語」「フランス語」「ハンガリー語」の「しくみ」シリーズを一気に購入。

ドイツ語とハンガリー語は合唱で必要なため。

で、今年はもう一度フランス語をやり直したいのだpencil

夫は正月中、英語を熱心に勉強しているのだが、

DoとDoesの違いも実はわかっていないことが判明し、前途多難な感じdespair

その辺で食事にうろうろして部屋に戻ってからはNHKの『ニューイヤーオペラ』を観る。

最後の椿姫、長丁場にのどが悲鳴をあげたのか、残念な終わり方をした。

プロもコンディション次第で事故はいつでも起こりうるわけです。

そんな中でも、林美智子さんと高橋薫子さんはよかったわあ。

福井敬さんのウィッグも最高でした(いや、まじで)

そんなこんなの三が日を終え、4日はC団歌い始めの練習日。

昨日、5日は何となく過ぎ、今日6日も寒中見舞いを出したくらい。

明日はD団(もうややこしいわ)の練習なので、ちょっと復習と思ったら、

まあ忘れてる、忘れてるsad ちょっとでも見直してよかったけど、

明日また忘れてるやろうなあ・・・でも、まあ、がんばろdash

2010年12月25日 (土)

聖なる夜に

10月以来の更新。ふー。

クリスマスとは無縁な1日だった。娘は昨夜から吐き気で寝込んでるし、

ケーキどころじゃなくて・・・まあ、ケーキはいつでも食べられるでしょう。

11月、12月と怒涛の日を送り、無事念願の『メサイア』本番も何とか終わった。

とホッとしてからのさらに怒涛の日々。

不幸中の幸いが続いているようにも思うし、「選ぶ」ことで失ってしまったこともありそうな。

いろいろと反省。欲をかいてはいけないなあと思った。

いろいろと感謝。人一人生きようと思うと、いろんな方々に迷惑をかけている。

でもまあ、それも人生だしさ。ありがとうとごめんなさいは言いたいです。

来年はもうちょっと穏やかにゆっくりと進めていきたい。

その中でやるべきことをやっていこう。

着実に。

残る一大イベント、ジルベスターで第九で今年も無事締めくくれますように。

どうぞ、よいお年をheart04 来年もよろしくねscissors

2010年9月27日 (月)

秋が、きて

気象予報的には、今年は秋はなくていきなり冬になる

なんて言ってたけど、そんなこともないじゃない。

空も空気もしっかり、秋の気配だ。

ああよかった、大好きな秋が来て。朝方の寒さが来て。

夕方が短くて、夕方はあまりにも早く夜になってしまうのは、

少しさびしいけれど・・・。

今年の8月、9月は、

これからの私の行方を左右する2カ月だったと言ってもいい。

挑戦したことは一応の結果を見た。

いや、本当に大変なのはこれからなんだけど。

それでも、しんどくてもやらなければ出ない結果だったから、

夫いわく「悪運強し」ともいえるね。

いろんな人にありがとうです。

でも、秋風が吹いた夜に、一人で逝った人もいた。

人のいのちの重さと軽さを、実感した。

残してくれたものは多い。あなたの息子、そして孫。

頑固さ、強さは、今も燦然とその血の中に受け継がれています。

私が父から受けたものと同様に。

ありがとう。お義父さん。今ごろはお義母さんと再会できているでしょうか。

筋金入りの頑固さだったけど、最後の方は絹糸のように柔らかくなって、

誰にでも愛される好々爺になっていました。

私の名前は忘れてしまったけれど、私を見るとにっこり笑ってくれた。

いろいろあって、ちょっと疲れた私は、

のどを痛めてひどく苦しんだ。歌を歌うこともできないくらいに・・・。

それもやっとこさで回復に向かっている。

ああ、歌を歌える喜びよ!

秋からのリ・スタート、年末までまた忙しくなりそうだ。

2010年8月 5日 (木)

すべてこれから

3カ月ぶりの更新です。

いろんなことがありすぎて、書きたいのに書けない、そんな日々でした。

そして、ついに迎えてしまいました。

結構きますね~、歳もここまでくると。ああ、半世紀。

そう、誕生日でございます。

去年の今ごろは、ウィーンでお祝いしてもらったり、

新しい合唱団の練習が始まって、ウキウキしていたときでした。

さて、今はなんとも中途半端な状態が8月いっぱい続きます。

落ち込むことも多々ございます。とても誕生日おめでとうの気分ではない、

もやもや、悶々とした日々なのでございます。

でもまあ、キャンディードじゃないですが、「いろいろあるけど、目の前の畑を耕そう」

そういう気持ちに素直になれたらいいなと思います。

まだ、ちょっこし、そんな気分にもなれず、自分の下手さ加減にめげつつ、

頭の中は不安ばかりが先行します。

できれば逃げ出したい気分です。

でも、逃げてどうなる、なのです。やり遂げることからも逃げてはいけないのです。

努力できるのも才能の1つというじゃないですか?

合唱をする上では、年齢はもはや1つのハードル。

でも、やろうと決めたのは自分です。誰のせいでもありゃしないのです。

それにしても、今日のボイトレは最悪でした。

緊張すると歌えなくなる、誰でもそうなるけど、私はてきめん、超ひどい。

そしてK先生、今になって「第九を練習曲に選んだのは失敗でした」って、ひどくないですか?

恥をかくなら密室のオーディションだけでかきたかったです・・・。

泣いても笑っても、自分との闘い。

あと10日で年末の予定が決まります。

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