心機一転
新しいことを始めるときはいつもドキドキする。
今日なんか、まさにそんな日だった。
先日のB団での新年会。一人1枚、紙が渡された。
そこに書いてある名前のメンバーについて、「何かいいことを書いてください」という趣向。
私はたまたま隣に座っている人が当たってしまい、
彼女には見えないように、何とか褒め言葉を書いた。
合唱という意味ではもうちょっと注文をつけたい方ではあったけど、
そこはぐっとこらえて、別の側面から彼女をほめるつもりで書き綴った。
一旦回収され、会の後半になって、幹事さんが1枚ずつ読み上げ始めた。
みんな、いいことを書いている。だいたいは音楽以外の人柄とか特技とか。
何人が過ぎて、私のことを書いてくれた紙を読み上げてくれた。
「とっても音程のしっかりした、素晴らしい声の持ち主」と、
その方は書いてくれた。後でその紙を受け取ったら、えんぴつでささっと書いた
年配の字だった。誰だかわからないけれど、ありがとう。
でも、その時、この褒め言葉は何だかあまり嬉しくなくて、
ああ、そこしか褒めるところないんだな、みたいなネガティブなとらえ方をしてしまう
自分がいた。
今の私は、声も音程も褒められてただ嬉しいなんて、とても思えない。
ここへ来て、自分の声の欠点がどうしようもなく重たくなっているのだ。
もう、コンプレックスにさえ近い症状。
だから何とかしたいと思った。
これはもう、個人レッスンしかなかろう・・・。
そんな決意で、ヴェルレクでお世話になったK先生の門を叩いた。
今日が、その記念すべき第1回目のヴォイス・レーニング、略してボイトレの日だったのだ。
緊張してるつもりはないのに、もう身体がいうことをきいてくれない。
ブレスや口の開け方、顔の動かし具合、重心の置き方、いちいちダメ出しをいただく。
「声」というものが、いかに余分な力は抜いて
自分の身体を通してしか響かない楽器であるか、
やっぱり思い知らされた。
何となくうまく歌えて「かなりいいです。ハイCまで出てますよ」と言われ、
「そうですか、自分では実感がないんですけど」とポツリと答えたら、
先生が思わず手を振り上げて「それ、大事です! 実感があった方がダメなんです」と
嬉しそうにおっしゃった。昔とった杵柄的な声は合唱ではやっぱり通用しないんだなと
改めて思った瞬間でもあった。
レッスン中、先生のおっしゃるとおりにしているつもりでも、やっぱりお手本とは全然違う。
1時間はあっという間に過ぎ、しかしこのレッスンを続けることで
自分の声も変わるかもしれないという気にもなってきた。
ニコニコと明瞭にお話しなさるK先生は、ファンも多い。
いやあ、貴重な体験だ(その分、お金はかかるけど・・・)
今まで自分なりに自信があったはずの「歌」だけど、もう一度謙虚に向き合いたい。
そして、本当に「よく響く声」を出して、周りのメンバーや
聴いていただく方に喜ばれる日が来るといいな。
その時ようやく、さっきの褒め言葉を素直にありがたく感じることができると思のだ。
