2010年2月 9日 (火)

心機一転

新しいことを始めるときはいつもドキドキする。

今日なんか、まさにそんな日だった。

先日のB団での新年会。一人1枚、紙が渡された。

そこに書いてある名前のメンバーについて、「何かいいことを書いてください」という趣向。

私はたまたま隣に座っている人が当たってしまい、

彼女には見えないように、何とか褒め言葉を書いた。

合唱という意味ではもうちょっと注文をつけたい方ではあったけど、

そこはぐっとこらえて、別の側面から彼女をほめるつもりで書き綴った。

一旦回収され、会の後半になって、幹事さんが1枚ずつ読み上げ始めた。

みんな、いいことを書いている。だいたいは音楽以外の人柄とか特技とか。

何人が過ぎて、私のことを書いてくれた紙を読み上げてくれた。

「とっても音程のしっかりした、素晴らしい声の持ち主」と、

その方は書いてくれた。後でその紙を受け取ったら、えんぴつでささっと書いた

年配の字だった。誰だかわからないけれど、ありがとう。

でも、その時、この褒め言葉は何だかあまり嬉しくなくて、

ああ、そこしか褒めるところないんだな、みたいなネガティブなとらえ方をしてしまう

自分がいた。

今の私は、声も音程も褒められてただ嬉しいなんて、とても思えない。

ここへ来て、自分の声の欠点がどうしようもなく重たくなっているのだ。

もう、コンプレックスにさえ近い症状。

だから何とかしたいと思った。

これはもう、個人レッスンしかなかろう・・・。

そんな決意で、ヴェルレクでお世話になったK先生の門を叩いた。

今日が、その記念すべき第1回目のヴォイス・レーニング、略してボイトレの日だったのだ。

緊張してるつもりはないのに、もう身体がいうことをきいてくれない。

ブレスや口の開け方、顔の動かし具合、重心の置き方、いちいちダメ出しをいただく。

「声」というものが、いかに余分な力は抜いて

自分の身体を通してしか響かない楽器であるか、

やっぱり思い知らされた。

何となくうまく歌えて「かなりいいです。ハイCまで出てますよ」と言われ、

「そうですか、自分では実感がないんですけど」とポツリと答えたら、

先生が思わず手を振り上げて「それ、大事です! 実感があった方がダメなんです」と

嬉しそうにおっしゃった。昔とった杵柄的な声は合唱ではやっぱり通用しないんだなと

改めて思った瞬間でもあった。

レッスン中、先生のおっしゃるとおりにしているつもりでも、やっぱりお手本とは全然違う。

1時間はあっという間に過ぎ、しかしこのレッスンを続けることで

自分の声も変わるかもしれないという気にもなってきた。

ニコニコと明瞭にお話しなさるK先生は、ファンも多い。

いやあ、貴重な体験だ(その分、お金はかかるけど・・・)

今まで自分なりに自信があったはずの「歌」だけど、もう一度謙虚に向き合いたい。

そして、本当に「よく響く声」を出して、周りのメンバーや

聴いていただく方に喜ばれる日が来るといいな。

その時ようやく、さっきの褒め言葉を素直にありがたく感じることができると思のだ。

2010年1月23日 (土)

鎮魂歌と聖母マリアと

去年から練習を重ねてきたヴェルディのレクイエム。

ついに先週、3日間の本番を終えた。

いろいろあり~のレッスン、リハーサルだったけれど、

実感するのは「本番に勝る練習なし」。

しかも、3日間もレクイエムを歌うなんて、これから先もないだろうな。

それほど貴重な体験をすることができた・・・

といっても、何か実感は薄い。確かに芸文の満員の熱気やライトの熱さや

指揮者、佐渡裕氏の振り下ろすタクトに合わせて、渾身の演奏をし、

満場の拍手をいただき、先生やメンバーとも握手をして

ソリストさんたちのサインをもらい、

記念写真を撮り・・・と感動の時間を過ごしたのだけど、

一夜明けてから、あれは本当にあったことなのか、それとも夢だったのか、

さっぱり実感のないものになっていた。

K先生がおっしゃった「歌うというより歌わされているような気持ち」に近づいたような

そんな気もする。

励まされたのは、聴いた方ではなく歌った方なのかもしれない。

このような機会は、15年前の悲劇があったからこそ。

未曾有の犠牲者の上に成立する演奏会だった。

決して自己満足に終わらせてはいけない。

そのことを、舞台をともにした全ての方と共有しなければいけないと思う。

果たして、犠牲者への慰めになったのだろうかという気持ちがどんどん強くなり、

翌日、三宮の東遊園地を訪れた。

17日には慰霊のろうそくが「1.17」の数字をともしていたのに、

もう跡形もなくなっていた。けれども、

隣の市役所に行くと、当時を撮影した写真展をやっており、

壊滅状態の神戸の姿が数百枚、貼り出されていた。

今の平穏が、この犠牲の上にあるということ。

レクイエムはこれからもずっと心の中で歌い続けていかなければいいけないと

改めて思った。

さて、その次は娘の合唱団のコンサートが神戸であった。

これも震災15年記念コンサートで、

日本を代表する3人のDIVAたちとの夢のような競演だ。

テーマは「アヴェ・マリア」。

ひょっとしたら1000曲ぐらいあるのではないかといわれるアヴェ・マリアから

10数曲の名曲が選ばれ、ソリストのソロやデュエット、児童合唱とのコラボと、

かなり偏った選曲ながら、これラジオ局の企画で無料招待なのだから凄い!!

いろいろ聴いてみて、結局、

司会・構成を担当された三枝成章氏の作品が一番ステキでもあった。

これまた満場の拍手をいただき、引率係の私もホッ。

気が抜けて、子どもたちが乗る電車に乗り遅れてしまったのはご愛嬌?!

どちらも放送があります。

それにしても、濃密な1週間だった。

3月1日(月)  NHK BS-2  2時50分~

 ロイヤル クラッシックシート 『ヴェルディのレクイエム』
                   

2月4日(木) 20時~21時

ラジオ関西 『“心に歌声を”スペシャルコンサート~歌姫たちのアヴェ・マリア~』 

2010年1月 6日 (水)

うたいぞめ

カテゴリーに「合唱」をつくっていたのに、今までは日記に紛れていたので、

今年からは分けておこうと思う。

今日はC団のうたいぞめ。

5日ともなると「おめでとう」でもなく、いつもどおりの練習が始まる。

まずは月末のアンコンで歌う歌をさらう。

すでに秋のコンクールや年末のコンサートのためにさんざん練習してきたのに、

まだ改善の余地いっぱいありありで、まるで完成形にたどりつけない。

まあ、結局下手なんだと思う。

アンコンでは伸び伸び歌いたいな。

後半はレディースのプログラムを練習。これもコンサートで披露した曲で、

まだ仕上がりにはいくつもの改善は必要だ。

それと並行していよいよ『レクイエム』の本番まであと10日。

練習としてはあと2回しかない。

これこそ、やるべきことはいっぱい。

でも、ジルベスターコンサートに参加したことで、

少しはパート内の結束力が生まれたみたい。

合唱って、もちろん1人1人の力が必要なんだけど、1人だけの力は知れている。

小さな力が寄り添いあって、生まれる「気」みたいなものが

大切なんだろう。

今年はどれだけ自分が合唱に時間をかけられるか不透明感満々だけど、

できる限りは頑張りたい。

2010年1月 4日 (月)

ケ・セ・ラ・セラ2010

年末のあわただしさ。

ジルベスターガラコンサートで歌って明るい年越しをした。

そして、年明け早々、思いもよらない出来事におおわらわ。

早くも、今年がいったいどんなふうになるのか、

全くわからない事態になっている。

それなのに、いきなり忙しいスケジュールが目白押し。

あれこれ悩んでも仕方ないので、なるようになるさと思うしかない。

いわゆる1つのケ・セラ・セラ。

ブログの更新もできるだけしたい。

2009年10月17日 (土)

月いちなり

先月から1か月もう放置。

書きたいネタも書きたいことも山のようにあるのに

毎日がビュンビュン過ぎてしまって・・・。いかんいかんsweat01

関西合唱コンクールが終わり、

結果は予想外なものに終わった。

でも、審査員によって評価はまちまちなのだ。

上手いところは、明らかに賞狙いの臨戦態勢だし、

それに太刀打ちするには非力すぎたし、楽観的すぎた。

コンクールから逃げるのもどうかと思うけど、

本来コンクールにあるべきものの意味をもう一度かみしめなくちゃと思う。

まあ、しかし視線の先はもはや12月のコンサートだ。

これを中途半端にはしたくない。

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それにしても、秋。

金木犀の香りが鼻をかすめていく。

もう年賀状(我が家の場合は喪中ハガキ)やおせちの心配をしなくちゃいけないなんて。

どこまでいっても気ぜわしい。

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つくづく、人間は、ジェラシーと優越感の狭間で揺れる小舟だな。

できれば優勢な方に立って、それでも平常心を保てるようになりたいけど、

そんな仏さまじゃあるまいし、

たいがいは劣等感に苛まれる自分が腹立たしかったりする。

でも、負けてこそ勝つ場合もある。

とにかく謙虚であらねば。感謝こそすれ、何を怒ることなどあるものか。

2009年9月13日 (日)

夜更けのコーヒー

といっても、インスタントですけどねcafe

まだ10時にもなっていないのに、家族はもう寝静まっている。

それだけ、今日は朝から濃~い1日だった。お疲れ。

というか、春から今日までが、近年まれにみる濃密な日々だった。ほんま、お疲れさんだ。

もう、中学受験真っ只中だったあの頃、こんな夏が送れるなんて思いもしなかった。

いい巡り合わせ、タイミング、そして人とのご縁。

そんなものが向こうからいさんで走ってきてくれた、そんな気がする。

それだけに疲れもしたけど、今日でやっとこせ一段落。やれやれ。

いろいろな感動をいただいた。ありがたいことだ。

愛すべき子どもたちよ、ありがとうfuji

実に気持ちのいい、いい子たち。おばちゃんは君達の旅立ちを見送れて幸せだ。

この巡り合わせで役員をやれてとっても幸せですっheart04

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その陰では、悔し涙や疎外感に苛まれ、過敏に反応し、

私の理解をはるかに超えた思考回路からくる言動で周りをかく乱しようとした人もいた。

でも、今日しみじみ実感した。

ああだ、こうだと食ってかかり、

どうにかして周囲を自分に注目させようとする人には、結局

真の感動や幸せな瞬間に出逢うチャンスもないということを。

たとえ自分の意に染まないことがあっても、まずは受け入れること。

そしてそこで一生懸命であること。

そうすれば道はおのずと開けていく。

いろいろな人に感謝できる。その感謝を形に変えようとしたくなる。

それはとりもなおさず、

なんらかの形で誰かのお役に立てるということ。

そして幸せは倍増し、自分に舞い降りてくれるということ。

ああ、私も大人になったなあ。

いい年をして、ま~だ分からない人がいるのは可哀想。

腹も立たない。ただ気の毒だと思う。同じ1度きりの人生なのに・・・。

でも、それはやっぱり幸せの価値観そのものが違うんだろう。

残念だけど、世の中にはそういう人も必ずいる。

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矛盾や怒りをどこかに孕みながらも、いつかは響きあい、共鳴する。

その希望を忘れない限り、人は幸せになれる。

それぞれの立場で、それぞれの役割を果たしていける。

それが次の奇跡へとつながっていく。

コーヒーのようにちょっぴり苦くて渋い、でも馥郁としたスィート・ビター。

美しき哉人生。

こっちの更新もこれからはもそっと頑張らねば・・・頑張ります。

2009年7月20日 (月)

そういう人もいないと・・・

今日は市の合唱連盟に加盟する合唱団が一同に会して披露する日。

娘の合唱団の役員として引率した。

ハンガリー演奏旅行へ参加する子どもたちだけの出演。

1週間の夜練習の成果は出ただろうか。

それなりの出来ではあったようだけど、練習は明日も続くし、

まだこれからという曲もある。先が思いやられるのだ。

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でも、合唱団でハンガリーに行く子は3分の1。

それ以外の子の対応ももちろん必要だし、この秋で卒団する高校3年生のことも

考えてあげなくてはいけない。

でも、どうしても、先生も役員もこの一大行事の方に目がいってしまう。

熱くなってしまいがちな関係者をクールダウンさせてくれる人は必要だ。

でも、ことのほか、団に思い入れの深い保護者にとっては、

いろんなことが目につくようで、しかも、一家言持つ自分の意見をないがしろにされることは

何より腹立たしい。

そのとばっちりは現役員に向かうし、頼りない総務の私めに向かってくる。

親しいだけによけい・・・。結構舌鋒鋭いのだ。

ご忠告はごもっともです。至らぬ無礼をお許しくださいませと言えば、

思わずヒートアップしてしまうその方も、ちょっと態度が軟化してくる。

ややこしいけど、このところ、それの繰り返し。

いい加減、その人のお守りもなかなかしんどいものがある。

昔の私なら到底音を上げていただろうけど、

そんなことも言ってられず。ある意味、攻略法もわかってきた(爆)

ああ、私っていつから清濁併せ呑む人になってきたんだろう(笑)

でも、ある人から言われた言葉だけは、許しがたく、心にぐさっと刻み込まれている。

「役員なんて、なりたくありませんね!」

そう言って、平気で散々口汚くののしりながら、ある日ころっと居直って、

私たちにすりよってくる方には、顔で笑うだけになった。

大人になっても、いや、大人だからこそ、嫉妬やねたみが渦巻いてしまう。

でも、私自身が誰かに後ろ指指されることはしていないという自負を持ち、

しかも周囲に感謝しながら、誠実に接しておれば、おのずと道は開けてくる。

苦言を呈してくれる人がいるから、改善もできる。前に進める。

一見つるつるで快適なアスファルトの道が夏には熱くて歩けないように、

険しい道もまたよし。

一歩一歩、歩いていこう。

2009年7月17日 (金)

もう、どやねんさ

今日は朝から4時半までB団で練習。

午後は「昼スペ」と銘打った自主練習なのだが、

相変わらず、ドレミのカデンツが全くはまらない。

合唱団というのは、一人ひとりが特別上手でなくても、まとまったときに美しければよい、

というところがあるけれど、それも限度もので、

まずもって、音程、隣の音につられ具合のひどさにはちょっと閉口してしまった。

みんな、ここまでひどいとはannoy

今日は珍しく先生が褒めてくださった。

「母音唱が上手です」って。

でも、普通レガートで歌うとき、歌詞はかたまりで歌うもんでしょ。

リボンという言葉なら「リ~ボ~ン~」と歌うのは当たり前。

それが何故か隣のソプラノ「リー、ボー、ン」と歌っている。

自分ができることより、他の人のできないことに驚いてしまったのだった。

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夕方、いずみホールへ、プロムジカ女声合唱団の演奏会へ。

歓迎演奏の武庫女子高校コーラス部の歌にまず圧倒された。

次のコール・アムゼは、お上手なんだけど、退屈でほとんど心に届かない。

この違いは何なんだろう。ただ、発声がきれいとかでもダメなんだな。

キャリアはそれぞれに素晴らしい人たちなんだろうけど。

そして本家本元のプロムジカ登場。

何度か、涙がこぼれそうになった。

天上から降り注ぐかのようなハーモニー。

サボー先生の指先から繰り出される音楽に呼応するように。

ただ、心からの拍手を送るのみだった。

人の声の凄さ、素晴らしさにうなるだけだった。

コンクールとコンサートに向けて練習中の3曲も聴けたけど、

それ以外に素敵な曲もいっぱいで、ほぼ2時間堪能した。

娘が昔、歌ったオルバンのミサ曲が最後に出てきて、顔を見合わせた。

貴重な夜練習を欠席させて、連れてきた甲斐があるというものだ。

サボー先生いわく「最後の最後の最後の最後」に会場でふるさとを大合唱。

今日のいずみホールはかなり空席が目立ち、何だか残念だったけど、

明日は結構盛況らしい。

大阪は暑いけど、若いメンバーの方々にはくれぐれも体調に気をつけて、

ツアーを乗り切っていただきたいわ。

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コーラス仲間や娘の合唱団の先生やら、会場ではいろいろな方にご挨拶。

ああ、ほんの5年前は、今の自分が全く想像もできなかった。

心地よい疲れの中、帰宅。

ポストを開けると、大きな封筒の郵便物が・・・。

入っていたのは、楽譜。

なんと募集していたヴェルディの『レクイエム』追加団員オーデションの合格通知だったsign03

嬉しいというよりなんだか、不思議な気分。それより、大変だ。

練習を乗り切って、本番に上がれるか、それこそ時間との闘いだ。

でも、やりたいと思ったから応募したんだし・・・やってみるしかない。

がんばろpunch

2009年6月29日 (月)

カルメン狂詩曲

先週から始まった佐渡オペラ『カルメン』。

我が家も連日カルメン三昧。

初日は子どもたちにブラボーが出た。

やったぜ。

4月のおけいこ開始から、ボチボチ練習し、

途中インフルエンザ騒ぎで1回練習が飛んだだけなのに、

随分間があいて、大丈夫かと思う間もなく

今度は連日、学校を早退して稽古漬けの日々。

本当に子どもたちはよくやっていた。

そりゃ、学校で勉強するより、歌っていればいいのだから楽しいだろう。

そうこうしているうちに本番が来て、昨日まで4日連続の出番。

昨日は本人いわく「一番よくできた」らしいのだが、ブラボーはいただけず。

人生そんなに甘くはないのだよ、娘。

それにしてもいつもながら徹底的にクオリティを追及する芸文オペラ。

『カルメン』もご他聞にもれず凄い。

ソリスト、二期会合唱団もぬかりはないけれど、

舞台装置、演出の見事さは、ぜひモノだ。

悪いオンナ、カルメンとその一味。不埒なエスカミーリョ、怠け者の兵隊たち。

そしてストーカーみたいなドン・ホセ。

純情可憐なミカエラでさえ、カルメンへの嫉妬に燃え、

どこまでもドン・ホセを追いかけていくあたりは、ただの慎ましい女性ではない。

それにもまして、大人の振る舞いを笑いの対象にして遊ぶ子どもたち。

ああ、まるで現代社会の縮図のような舞台だ。

それなのに“amour”“amour”と歌い上げるのだ。

La Morte(死)とL’Amour(愛)は発音的にも何となく似ている。

とても子どもには見せられないエロティックなシーンもあり、

家族連れでどうぞというわけにもいかないけれど、

(そんな作品に出ている子どもら、何思う?)

絶対観て損はないオペラです!!

(ホールで販売中のくねくねサドやん。上手に動かすにはちょっとテクが要ります)

Photo

2009年6月10日 (水)

そして航海は続く

かつて働いていた事務所に間借りしていた同業者、M氏が63歳で亡くなったとの知らせが入った。私が大学を出て初めて働いた会社。社長はじめ、当時30代が中心だった同社は、会社というよりどこかサークル的な匂いのする、いわゆるユルイ職場だった。新卒採用されないまま大学を卒業してしまった私を拾ってくれて、本当にかわいがってくれた。ただ、強烈な個性の集まりだったし、そのユルサゆえ、まだ青かった私にはどうにも理解できない感があり、「石の上にも3年」と唱えながら、もうすぐ5年というところで退社した。会社そのものはもはや存在しないのだが、つきあいは今も続いているし、そのよしみで私にも訃報が届いたのだった。

父と同じ肺がん。思えば彼もヘビースモーカーだった。おしゃべりがあまり得意でなかったせいか、北大大学院まで出ていながら、仕事は先細りな老後だったようだ。それでも病気を克服し、何とか仕事復帰するんだと、つい数日前まで気丈にふるまっていたという。彼はおしゃれで、服装や、持ち物、乗っている車もカッコよかった。男気はどちらかといえばあまりなく、年長者でありながらいつも列の後ろで好きに振る舞い、皆もそれに目をつぶるような、末っ子的な存在だった。実際、末っ子だったそうやけど。

そんなせいだろうか。82歳で逝った父に比べても葬儀に参列する人の数の少なさに、ちょっと驚いてしまった。友人数人からの気持ちのこもった手紙が披露されたけれど、手紙よりも、何を置いても葬儀にかけつけるのが友達ではないかな、なんて思ったり。まあ、あまりにも遠方出身だから、仕方ないかもしれないけど。

つい最近遺族として葬儀を経験しただけに、最後のお顔を拝見するのは忍びなく、ただお焼香をし、出棺を見送った。おしゃれなM氏らしく、BGMはサイモン&ガーファンクル。できればお元気なうちにもう一度お会いしたかったけれど、私ももはや、親だけでなく、関わった人たちが鬼籍に入られる年齢になったのだなと、あらためて実感した。しかし、いかにも63歳は若い・・・。

出棺を終えて、残った面子は、昔働いていた会社の社長や上司、関係者たち。思いがけぬ再会に、「精進落とししよう」とそのまま神戸の南京町に繰り出して、昼食をともにした。確実に歳をとっている彼らだったけど、本質はまるで変わらない。変わりたくもないとさえ思っているように・・・。

それにつけても人生は不思議だ。今がどんどん過去になり、過去がまた戻ってきたように再会して、でも、同じ時は二度とない。だから、悩みは尽きないけれども、生きていれば、また楽しいこともあるんだなと思う。醜い人間関係のいざこざなんて、本当はとるに足らないこと。ご縁がご縁を呼び、悪いこともいいことも自分を育ててくれる。全ての人に感謝。昔は本当に好き嫌いが激しくて、言葉もきつくて「ナイフのようだ」とまで言われたのに、けっこうまろやかになっている自分も再発見。ダメなところは今もダメやけど、「大人になった〇〇(私)に万歳」。車で送ってあげた元上司のメールにはそうあった。

父を失って1カ月が過ぎ、忙しい日々は変わらず。でも、精進落としもしたことだし(爆)、また少しずつブログも更新していこうと思う。面白いことも書きまっせ!!(笑)